Facebookはスゴい!?

しばらく書いていなかったblogを復活したら
表現したい自己の内面が”ぶわっ”と溢れてます。 

別にさぼっていたわけではないのだけれど、
気がついたら数ヶ月ここから離れていました。

ここ(Blog)はきわめて個人的な自己完結の場所なので
自分ログの感覚で、まさに日記をつけるカンジで書いているのですが
時々、自分自身に問いかけているのか
誰かに語りかけているのかわからなくなることがあります。

「見られていること」を意識すると、表現は制約されます。

”公開”している以上は、どこかの誰かの役に立ちたいと言う気持ちもあるし
反面で自分の部屋に土足で入ってくる誰かに不安になる感覚もある。

これはきっと”終日ログオン状態”になっている現代人には
みんなに共通の感覚なのかな?

とくにソーシャル時代になって
Facebookとか流行(はや)ってくると
会ったことも無い方までもが”お友達”です。



Facebookはスゴい。

ここで様々な人間関係が生まれ、そして繋がっては離れていきます。
実社会の縮図を創りだしているこの場所は、
もはやバーチャルとリアルの垣根を越えて
生活圏の一部でもあります。

知らない人の生活やアタマの中をのぞける
そして、ゆるやかに誰とでも繋がっていける。
一方でリアルの人間関係もさらけ出して
「あの人知ってるから?」的なハッタリは
ビジネスでは通用しなくなる。

だからFacebookはスゴい。

そして面倒くさい。

ローカル(地方)の素晴らしいところでもあるし
窮屈な部分「誰もが顔見知りであるということ」を
Facebookは見事に増長してくれます。

Facebookの中の自分。

「誰かに見られている(見せている)と意識して生きる」
という不思議で不自然な生活。
目立たず、騒がず、慎ましく...を美徳としてきた
”ひかえめな文化”には、およそ存在しないこの行為は
きっと5年後の日本人の性格やライフスタイルまでも
微妙に変えているだろうな。

ここまでソーシャルメディアが生活に浸食してくると
今度は反作用的な精神思考が生まれてきます。

自身に制約を設けて表現することに飽きたというか、
一人静かに内面に向き合うことへの憧れが増し
”さらけ出す”ことに疲れてきたというか...。

ん...?

気づいたら、今の日本の政治外交にも通じる概念?
経済圏を統合してエリアユニオンを築こうと叫ぶ一方で
政治は先時代的な領土紛争などを未だに続けてますが
結局日本人にはワイドショー的な興味しかないワケです。

残念ながら、それが現実。

すべてはタイムラインの中のフィクション。
ニュースフィードの中の、誰かの現実...。

Facebookが登場して
みんなの行動や思考が透けて見えるようになると
近所と世界の境界線が無くなって、
エリア(境界線)の概念が消し飛び
全てが一気に近くなって
「日本」も「日本人」も
もはや内面にとじこもっていることは出来なくなってしまった様です。

ソーシャル時代...。

過剰に、外の目を意識することは面倒くさい。

自由な自己表現。
自由に渡り歩く感性。

いちど開いた扉は、
二度と閉じることは出来ないのだろうと思います。

だからこそ、自分自身の表現は
誰にもその領域を侵されることなく
自分自身で守ることが必要。

Facebook的な世界観は、たぶん、
いやきっと日本人が一番苦手な領域なのだろうと思いつつ...、
その反面で、FacebookやLINEの流行を見ると
抑圧された日本社会の自己欲求が”ぶわっと”溢れているカンジに
興味津々なのです。



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