新しい旅

日々、色々なことがあります。

6年間参加をさせて頂いていた
ある重要な(行政の)街づくり会議への参加を
今期から辞退することになりました。

詳しい理由は、今は書きません。

一つだけ言えることは
「街づくり」は私にとっては純粋な市民活動であり
行政との”かけひき”の道具では無いということです。

「かけひき」をしようとする先時代的勢力(組織)からすれば
”ひらひら”と自由に漂い、勝手に行動する私には
利用価値のカケラもありません。

ましてや私は、
政治ゲームは得意ではありません...。



さて、商店街で商売をさせて頂いている身ではありますが、
中心市街地の「まちづくり」においては
”商店街は単なるパーツの一つ”であるべきだと思っています。

街には、住民、NPOやボランティアとして関わる活動家の皆さん、
子育て支援や教育に携わる方々、ビルオーナー(家主)、
企業や事業所など...様々な主体がいます。

全ての要素が、ジグソーパズルのパーツの様に組み合わさって
新しい時代にふさわしい成長(高度化)の姿を描いていく。

「中心市街地」を大きく俯瞰してみれば、
街=アーケード、街=商店街では、無い。

(商店街の)仲間たちから誤解を恐れずに書きますが、
商業者は、単に「街の一部=パーツ」です。

一部のパーツが自己主張を繰り返していては
全体の調和がとれないのではないのかという
そんな不安をずっと持っていました。

街づくりに関わる様になって10年...
本当にたくさんの学びを頂いたことに
素直に心から感謝しています。

10年前といえば...
郊外大型店の進出容認を巡って
激しい反対運動のあげくに商店街の一部の方々が
当時の市長を相手取って”訴訟”をしていた時代。

はたして、郊外大型店は本当に悪なのか?
それだけが衰退の原因なのか?

大義と正解はどちらにあったのか...。
今となっては、私にはわかりません。

一方で衰退する商店街を憂いて
「我々ができることから一歩ずつ変えていこう」と
志を持った20代〜30代の青年達が立ち上がり
「Doまんなかモール委員会」をはじめとする
たくさんの活動が立ち上がっていきました。

街づくりに大切な3つの要素は
「若者」「ばかもの」「よそもの」であるといわれます。

全国的には世代交代が進む中で
この宮崎は、はたしてどうでしょうか?

この10年間...
いろいろなことがありました。

大きく変わったことは、
若く”自由な”思想を持った若者達が
街に関わりをもってくれるようになったこと。

街角を彩るたくさんのイベントに
学生をはじめとした若いチカラが溢れ
たくさんの大きな賑わいをうみだしています。

彼らの存在は、わが街の誇りです。

街で躍動する青年達の姿は
これからの未来を創っていくエネルギー。

みんなで支え、見守り、そして
大切に育てていかなくてはなりません。

全く変わらなかったことは、
「商店街の枠組み」の中においては、
新しいリーダーは生まれなかったという現実です。

この「枠組み」の中では
20年前に街の未来を描いた方々が、
今でもこの街の主人公です。

20年前に「若手にまちの未来を託すべきだ!」と主張していた方々が
「いまどきの若者は何もわかっていない...」と嘆く。

この20年間ではたして
宮崎の街は良くなったのか?

20年間の結果、そして20年後の未来...。

だれがその評価をして、
そして誰が責任をとるのでしょう?

これからもきっと、
時代は繰り返すのでしょう。

無限ループ様な「枠組み」の中では、
自分の居場所を見失いました。

私は”はぐれもの”なので
「枠組み」の中で未来を見ることはできません。

しかし、「枠組み」から外れることで
自らの足枷を外すことで
新たに見えてくる世界もあるのです。

真の「中心市街地活性化」とは
いったい何でしょうか?

これからも自らに問い続けながら
”新しい旅”に出ようと思います。

私は、街を愛する市民活動家の一人として
自分の信じる者達と共に”語らい”ながら
だれも傷つけることの無い「美しい革命」の道を見つけるつもりです。

誰の存在も、長い街の歴史の中では
単なる”パーツ”であり、
一瞬の瞬き(またたき)です。

どうせ一瞬で消える存在ならば
せめて明日へ繋がる”架け橋のパーツ”になりたいと
心から願います...。

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