世界で最古の歴史を持つビールを届けます!!アジア初登場!!

今年は日独交流50周年の年。

そんな記念すべき時代の節目に、
素晴らしい出会いがありました。

今年8月、ドイツミュンヘンに
新しい出会いを探す旅に...。

そして、様々な出会いと繋がりの中で
宮崎に素晴らしいプロダクトの数々を紹介できることとなりました。

そのなかの一つが...850年(!)の歴史を持つ
"世界最古"のビールのひとつであるパウズインガー醸造所

そのビールをヨーロッパ以外“世界で初めて”、
もちろん...
“アジアで初めて”
宮崎に紹介させて頂くことになりました!!

http://www.schlossbrauerei-herrngiersdorf.de/

実は、このビール会社の歴史には、
日本人と密接に結びつくストーリーが存在します…。

それは我々の先人達が育んだ、
国境を越えた交流の物語。

以下、あるブログから転載します。


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明治時代から続いた日独交流

 

小塩節さんというドイツ文学者、中央大学名誉教授が、
ドイツ留学生の頃のに体験した実話です。

 

今から何十年も前のことです。
小塩さんは、ドイツのミュンヘン郊外のパウズインガー一家の館に
二ヵ月下宿をさせてもらいました。
本人は、ただの下宿人として泊めてもらうつもりでしたが、
しだいに家族の一員となってしまいました。

パウズインガー家の人びとは、ただの下宿人でしかない小塩さんを
まるで一家の賓客でもあるかのように、もてなしてくれました。
遠くまでドライヴに連れて行ってくれたり、一家をあげて親切にしてくれました。
小塩さんは次第にその好意に甘えるようになってしまいました。
小塩さんは、この親切に対して

「一般的に言ってドイツ人は日本人に対して親切なのだ」

と気楽に考えていました。

「ひょっとしたら私のドイツ語が人並み以上だったから仲良くなれたのかも」

と思う気持もありました。

しかし、そうではなかったのです。

その理由は、小塩さんが
パウズインガー一家と分かれる時に分かります。

 

グラーフラート村滞在の最後の日、
パウズインガー一家とお別れの日、
ヨハンナおばあさんはいつものようにヴェランダに
午後のコーヒーの用意をして、小塩さんを呼んでくれました。

そして彼女は語りだしました。

ヨハンナおばあさんのお父さんは、
マイヤーというミュンヒェン大学の林学教授でした。
明治の末に東京大学に招かれ、
農学部の中に林学を確立するため数年を過ごした、というのです。

(Mayer, Heinrich 1856−1911 職期間:1888−1891)

帰国後まだ五十歳代で亡くなりましたが、
数人の子どもを抱えて未亡人は、
第一次大戦後の天文学的インフレーションの時期に、
たいへん苦労をしました。
卵をひとつ買うのに、カバン一杯の紙幣を詰めていかなければならぬのです。

そのとき、かつての東京大学での教え子たちが
日本でお金を集め、
ドイツに送ってくれました。

そのお金で未亡人は苛烈な時代を乗り切ることができました。

「あなたは」

とヨハンナおばあさんは、
いまも美しい大きな蒼い眼を
うるませながら続けました。

「半世紀たったいま、私が行ったことのない遠い東の国から、
心よりの挨拶を持ってきてくれました。
どうしてこの人を、もてなさずにおれようか、と思いました」

そう言って、60歳とは思えぬ力で小塩さんを強く強く抱きしめました。
そして、彼女は会ったことのない、しかし母親からよく聞かされた
日本の農学者、林学者たちの名を正確にあげました。

「白沢、加藤、小出…」

というお弟子さんたちの名を。
いまはもう亡き人たちであろう名です。

翌朝ヨハンナおばあさんは家中を指揮して、
小塩さんに早い朝食を用意してくれました。
それから駅まで小塩さんを送って、目を真っ赤にして別れを告げるとき、

「朝は五時に起きて、森のむこうの川べりの教会の早朝ミサに行き、
おまえの旅路、安らかなれと祈ってきた」


と言いました。


「この親愛の情は、小塩さん自身に寄せられたものというよりも、
明治・大正の先人たちの蒔いてくれた種子のせいなのです」


と、小塩さんは、しみじみ思いました。


ところで、この話には後日談があります。
小塩さんは、この話を東京の朝日新聞に書き送りました。


航空便で送った数枚の文章が新聞にのってしばらくして、
国際基督教大学の小出詞子教授が
「あの小出というのは、私の亡父です」
というお便りをくださいました。


小塩さんが、ヨハンナおばあさんにさっそくそのことを伝えたのは、
言うまでもありません。

この話は、決して珍しい話ではありません。
当時の日独には、わんさかあるのです。
それについては、機会があったらふれることにしますが、

問題は、こういう草の根交流が、

現代にあるのか?

ということですね。

明治人にできて、平成人にできるか?
ということですね。

http://d-si.seesaa.net/article/122547995.html
ブログ転載

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このブログの中に出てくるパウズインガー一家こそ、
このビール醸造所を代々守り続けている方々なんです。

100年以上前に日本の林業発展に尽くしたドイツの技師。
その末裔である一族が 850年間守り続ける歴史あるビール。

明治、大正時代から続く草の根の民間交流…。

そして、時間と空間を越えて...
私たちが彼らパウズインガー夫妻を宮崎に招き、
そのビールを我が故郷である宮崎に
日本で唯一ご紹介させて頂く栄誉を頂きました。

みやざきてげうま国際夜市
http://www.tegeuma.jp/

私たちはこのストーリーをドイツ領事館に伝えたところ
日独交流150周年の記念事業にも選んでいただきました。

日独交流150周年


限定5,000本、ドイツより直輸入します。

慣れないはじめての輸入業務は大変でしたが
沢山の方々の手助けを頂いて日本に到着しました!

「私たちの祖先が繋ぎ育んだ友情に対して直接日本の皆さんにお礼が言いたい」
「この愛情込めたビールを直接宮崎の皆さんに手渡したい」

そんな嬉しい言葉を頂いて、
創業一族を宮崎にご招待することとしました。

11月4日〜5日はパウズインガー夫妻が来宮し、
直接「てげうま夜市」ドイツブースを訪問します!!

明治時代のドイツ人/日本人の交流
そして今、私たちがそのバトンを受け取り
再びふるさと宮崎の地で友情を繋ぎます!!

時空を超えた人と人の繋がり...
そんな繋がりに私たちも加われることに
大河のごとき”運命の流れ”の中に選んで頂けたことに
最高の喜びを感じています。

ぜひとも、「てげうま夜市」にお越し下さい。

そして、150年の歴史が創りだした
パウズインガー氏の愛情あふれるビールを
ともに味わいましょう!!


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