ヒガシコクバル劇場

東国原知事が、
次期宮崎知事選挙に不出馬を表明。

ニュース/西日本新聞

「やっぱりな…」というのが最初の感想。
正直、残念である。

宮崎県政初の“タレント知事”が誕生してから4年。
※タレント知事=当時のマスコミの呼び名
抜群の知名度、認知度で
「自らをセールスマン」と称して
全国に宮崎県を売り込み
連日メディアに出続けて
東国原ブーム/宮崎ブームを巻き起こした。

「宮崎をどげんかせんといかん!」

アクティブな行動と
情熱的な言動で
全国に東国原ブームを巻き起こし、
世論を変えるのにあまり時間はかからなかった。
”タレント候補”としての
冷やかな見方が変わっていった。
わが故郷のヒーロー=救世主としての
支持率を得るのにあまり時間はかからなかった。

様々な東国原ブームの副産物が生まれた。
全国的に有名になった産品、物産、B級グルメ…
「東国原マーク」まで誕生し、
彼は宮崎を表現するアイコンになった。
シンボルになった。

長蛇の列を誇らしげに報道されていた名所。
彼の言葉を看板に冠した飲食店。
”お笑い芸人”としての感性を生かして
ユニークにネーミングされた農作物。
東国原知事ゆかりの場所。
常に人だかりのできた宮崎物産展。

全国から宮崎に観光客がやってきた。

宮崎のニューヒーローは
輝かしい宮崎の未来を創ってくれる
救世主として歓迎され
常に90%を超える支持率が示す通り
宮崎県民の誇り(プライド)そのものになった。

宮崎県政史上もっとも悲劇的な
災害にひとつとなった「口蹄疫」。
その中にあっても、「宮崎を守る」リーダーとして
連日その発言が注目された。
全国に、「がんばれ宮崎!」という声が広がった。

やがて政治的にも
国のリーダー達が
「東国原詣で」をしなければ
国政選挙が戦えないほどに
存在感を増していった。

日本の選挙において
政党が求めるのは
彼の政治手腕なのか
全国的な人気なのか…。
それとも、両方を含めて
実力なのか。

政治家としての輝きは連日増していき
独特のオーラを放っていた。


ブーム商品はしかし、
上げ潮と下げ潮の高低差が激しいのが常である。

競って商品に貼ってあった「東国原マーク」は
一時確かに”信頼のアイコン”であった。
しかし、やがてそれは
”ブーム商品の印”としての見え方に変わり
一気に姿を消していく…。

初めての”ブーム”に乗って、
ピーク時の売り上げを想定した設備投資は
急激な下げ潮の中で稼働率を下げる。

一時期はまるで「宝物」を買うように高値を付けた
宮崎フルーツは一気に値を下げて
仕入れリスクからスーパーの棚を失う。

初めて経験した一時のブームにのって
バブルの夢を見た地元経営者が
投資と現実の逆ザヤに苦しむようになった。

「なんとか私の商品をPRしてほしい」

県庁への陳情は、郷土の暮らしを憂うものから
”セールスマン東国原”を求めるものに
変わっていった。
連日長蛇の列をつくる陳情の列…
彼の口から商品名が連呼されることを望む
一攫千金を狙う利己的な”お願い”が続く。

県政トップとして、
いつ頃から“壁”を感じ始めたのだろう。

1期4年では成し遂げられない
変革を達成できない「地方行政の壁」。

彼が感じている「壁」は
本当に「国と地方の戦いである」という
純粋な使命感だけなのだろうか?

替えのスーツも持たないままに
裸の情熱で臨んだ初の知事選挙から4年…。

ベストセラーを連発する著作。
常に満席御礼の政治資金パーティ。
最初の冷やかな反応とは
まるで手のひらを返したように
彼の「実力」にすり寄ってくる
宮崎県内の経済界、実力者たち。

収入も”うなぎ昇り”に増え
自身の「本当の実力」が見え始めた頃に
人は変わり始めるのかもしれない。

新しい世界を開くのは
素晴らしいことである。

自分自身に気づきが生まれ
新しい扉を開けようと思うのは
実力のあるものにとっては
当然の意志である。

実力のある個人の欲求は底を知らず
それはどこまでも上り続けようとする
”上昇志向”の熱は
プラスのエネルギーを放って
人をさらにひきつける。

しかし、
彼は「宮崎県知事」なのである。

嗅覚が鋭い、きわめて有能な実力者。
彼が嗅ぎわけたものは
「宮崎ブーム」の終焉ではなかったか?
行政トップとしての施政能力、統治能力への
疑いはなかったか?
1万人に上る県職員の一人ひとりの心に
改革の情熱を伝えることの困難さではなかったか?
掲げたマニュフェストの達成度合いと
その結果に対する失望の恐怖ではなかったか?

彼ほどの有能な人物が
気づいていないはずはない。

県政トップに就いてから4年。

財政、求人倍率、県民所得…
数値評価をすればやがて
県民にも容易にわかる
宮崎県の「通知表」。
その評価と検証を次につなげることなく
彼は宮崎を去っていく。

たったの4年である…。

「宮崎を売る」という彼の功績は
確かに爆発的なものであった。
宮崎ブームは、
同時に「東国原ブーム」なのである。
「宮崎を売る」という行為は
「東国原そのものを売る」という行為でもある。
一人では宮崎ブームを持続できないが
「個人的なピークはまだまだ先にある」という
個人の付加価値を優先した判断ではないか?

個人的な欲求を優先することは
自由社会においては
きわめてフェアなことである。

誰もそれを非難はできない。

世論を読み切る嗅覚と
凡人には見えない世界を見ながら
未来を切る開いていく天才肌。

しかし、私は県政トップとしての
”知事”としての業績は
未だ評価しない。

1期だけで”改革”できるほど
突破できるほど
地方の壁は薄くなかった。
疲弊した地方経済の復興は
中期的かつ革新的な
宮崎独自の“戦術”を必要とし
それを描いて実行する為の
根を据えた実務能力を必要とする。

壮大な「コクバル劇場」の中で
その爆発的な人気と実力は
やがて、宮崎県民への謙虚な感謝や
真摯な政治姿勢を奪っていったように感じる。

わずか4年のコクバル劇場。
宮崎知事としての
「コクバル劇場」は終わり。

次は東京で…。
「ヒガシコクバル劇場」第2幕を演じ
そして満員の観客を熱狂させる
新たなステージプランがあるのだろう。

実力のある彼は中央へ出ていく。
残された県民はとどまるしかない。

昨夜、知事を良く知る友人がつぶやいた。
「結局、地方で成功した企業は、東京を目指すんだよね。
有能な人物ほど故郷を捨てるんだよ・・・。」

もちろん、郷土愛は消えない。
東京から宮崎を変える心意気やよし。
心から応援したいと思う。

しかし、ブームの後に取り残されて
行き場を失い不安の中にいる
茫然自粛の多くの落胆を忘れては欲しくない。
知事としての実力を評価し
彼と共にある宮崎の未来を信じた
多くの県民の期待を
いつも胸に抱いてほしい。

バブルは何も残さない。

名前は売った。
道は開いた。
…後はそれぞれの実力で頑張れ!

それがコクバル劇場の終幕に書かれた
「県民総力戦」の意味だったのだろうか。


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