秋の花火

口蹄疫の影響で、
約1カ月遅れの花火大会だった。

初めての、
秋の花火大会。

私は、90歳を超える祖母の肩越しに
遠くでひらく大輪の火花と
遅れてくる反響音を体の芯に感じながら
特別な感傷に浸っていた。

祖父母は、徳之島出身の”島ん人”で
鹿児島に二人で住んでいたのだが
高齢になってきたので数年前に
一平すし2Fを改装して住まわせている。

祖父は第2次大戦中の
特に戦況が厳しかったノモンハン島の生き残りで
若い時分はとても厳しい人だった。
そんな祖父を支えながらいつも寄り添っている祖母は
いつもニコニコと笑顔で、
やさしいおばあちゃん。

最近、足腰が弱ってからは
あんまり外出していない。

昨夜は花火大会だったので
窓をあけて
おばあちゃんの特別席をこしらえて
一緒に遠くの花火を眺めた。

ビルの間から覗く美しい花火…。

時々、高く飛ぶ大輪が開くと、小さな声で
”わあ”と歓声を上げるあばあちゃん。

”いつまでも元気で、
いつまでもその笑顔を見せてほしい”

そう願いながら、
祖母の肩越しに
二人で眺めた秋の花火。



秋の花火がこんなにも
”もの悲しい”ものだとは
思わなかった…。

もともと、あんまり
花火大会は、
好きではない。

一人ぼっちで人ごみで、
大勢の見物客にまぎれながら
大人の肩越しに眺めていた
幼い記憶…。

楽しかった夏の日が終わる
”寂しさ”だろうか?

毎年少しだけ大人になる
自分自身の中の
複雑で多感な感情が
そうさせたのだろうか?

始まる前のワクワクとは裏腹に
ドンッと最初の大輪が開いてからは
急に寂しくなるから
あまりしっかりと
花火を眺めたことが無い。

楽しんだことが無い。

今年も、私が眺めていたのは
おばあちゃんの背中なのか。
それとも、
ひと花ごとに開く花火に
今夏の様々な出来事を投影して
別のものを見ていたのか。

瞬間に咲く鮮やかな、
たくさんの秋の花。

寂しいけれども
美しい…。
はかないけれども
いとおしい。

そんな情緒を慈しむ
日本人に生まれてよかった。

おばあちゃんの孫でよかった。

宮崎に生まれ、
そして育ててもらってよかった。

たくさんの美しい出会いがあって
本当によかった。

今年は特別な想いがある。

はかない秋の花は
宮崎市民の心に刻み込まれ
そして、必ず美しい故郷の
思い出の1ページとして
語り繋がれる。

それぞれの記憶に生き続ける。

一夜明けたら
今日から新しい季節。

また今日からは
新しい時代を創るために
おばあちゃんから引き継いだ”笑顔”とともに
しっかりと心に希望を抱いて
力強く進んでいこう。

がんろう宮崎!

がんばろう、仲間たち!



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