何が正しいのか?

高慢な人は「誰が正しいのか」と考える。
謙虚な人は「何が正しいのか」と考える。

そう思って振り返れば、
30代の頃、自分はなんと高慢な青年だったのだろう...と
赤面の念にかられる。

いつも失敗したときに
本当は自分が間違っていると知っている時でさえ
自分を正当化してしまう。

そんな日々もあった。

何度も何度も失敗を繰り返し...
その度に湧きあがる違和感と戦い
それを克服した先に、
またちょっとだけ希望の道が現れる。

違和感を越えた向こうにだけ
新しい道がある。

一時も同じところに留まれず
常に変化する自分を疑ったりもした。

人生は結局のところ
そんな「変化の繰り返し」なんだと、
それが自然なんだと気づいたら
少しだけ心が楽になった。

何かを得ると
何かを失う。

失うことは心地よいことではなく
時に恐怖であるのだが、
その度に得ることのできる「何か」がある。

「失うこと」と「得る」こと。

それを私達はいつも交換して、
生きている。

変化に抵抗するということは
現状に安楽するということ。

ぼくらは変わることを受け入れて
成長を手に入れる。

良いことも、悪いことも
同じように受け入れて
そして、それを捨て去る。

今日何かに失敗をしたのならば
それが自分の実力なんだと受け入れて、
次の朝には、前に進まなくてはならない。

一つの成功は
次の成功を約束はしない。

今日の喜びは
あしたの不安の種。

だから

過去の自分を捨て去り
毎日を新しいスタートラインとする。

スタートの号砲を鳴らさなければ
時代は”あっという間”に僕を置いてきぼりにする。

もうすぐ44歳。

自分の中の最良のもの。
それを黙って差し出すことをしよう。

自分を信じるものと共に
次の時代に生きる。

ものの見方、考え方、方向性
そして、「何が正しいのか?」

戦う”熱い想い”を心に秘めつつも、
そろそろ謙虚な人になろうと思うのです。

【全ての人生は日記のようなものだ。
人はある物語を書くつもりで、別の物語を書いてしまう。
人がもっとも謙虚になるのは、ありのままに綴られた人生の書を、
かつて自分が書こうと誓った物語と比べる時である。】
〜小説家 ジェイムズ・バリー〜

参考
Sometimes You Win
Sometimes You Learn
John C, Maxwell



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