勝負の年(歳)にします!!

1970年生まれ
宮崎でうまれ育った生粋の宮崎人。 

ばあちゃんは娘時代を徳之島で暮らし
鹿児島へ...。

私の中には、島人の熱い情熱と
ゆったりおおらかな宮崎人が
半分ずつ住んでいる。

だから、変革の時代に”ざわつく”のは
半分流れる薩摩人の血なのかな。

ばあちゃんは明日で93歳。
そして、私は今日42歳になりました!!

ダブルバースデーです(^^)♬



FBって凄いな〜。
だって、リアルに繋がってるよね!!

世界中から沢山のメッセージをもらって
気合いが入りましたよ!!

200通を越えるメッセージの数々。
心より御礼申し上げます。
ありがとう♬

私は”縁”を頂いて
宮崎の街に生きてます。

街の住人としての自覚、そして使命感を持って
ここからの1年間を「勝負の年」にします!!

自分のもてるチカラはちっぽけですが
それでも、その全てを賭けて走り抜きます!!

土地を耕し、種をまき
やがて芽が出て...美しい花を咲かせる
そんな美しい季節を皆で迎えよう。

そしていつかの収穫のとき、
最高の果実は仲間と分かち合います。

必ず、美しい花を咲かせようと思います。

今日からの1年間、
42歳は『勝負の年』です!!

妥協無く、明日の風景だけを見つめて
全力疾走です!!

ありがとう。
素敵な一日に、感謝。

2012/3/26 
Standing on the Street of MIYAZAKI "Ichiban-Gai"


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Thanks!!

10年間の修行

気がつけば、もうすぐ誕生日。
振り返る暇もない程に、1年間を駆け抜けてきました(^^)

7月には中心市街地にタリーズを出店して、10年目の節目がやってきます。
先代(亡父)から
「10年間は看板を降ろすな。そうすれば地域に必要とされる店に成る」
そう言われて以来、ずっと目標としてきた夏です...。

昨年の夏にドイツで出会った衝撃的に楽しい風景♬



「こんな光景を”Doまんなか”に創りたい!!」
「これこそが、宮崎の街を変える景色だ!!」
心からそう思いました。



春には一番街「街市」を起点としてボンベルタポケットパークに繋がる、
だれも名前も知らない裏通りに、
このワクワクするような賑わいの風景を創りだします。
(ホントは、サンバレーSt.っていう素敵な名前があります〜)

夏には裏カリ(カリーノ)プロジェクトの「ヴルストレッカー」も進化して、
南国宮崎にふさわしいテラッセ&テラスの文化を出現させます(^^)
ここで産まれたバイエルンと宮崎の融合は、
私の人生にとっては決して忘れることの無い”感動の瞬間”でした。
ここがあったからこその、今の”広がり”です。

様々な幸運に恵まれながら、これまで街中で歩んできました。
私は「街に育てられた」人間です。
街との出会いが無ければ、今の自分はありません。
生意気なことばかり言ってきましたが、
今では”感謝”しかありません。

「裏通り」と言われたこの2つの場所/ポケパ〜カリーノを繋ぎ、
この”未来の街の起点”となる2カ所をキラキラと輝かせ、
そして「街市」という”背骨”を駅前まで通し、
東西の軸を”繋げて”新しい未来の風景を創りだし、
私の10年間の仕事が終わります。

地域が恊働し創りだす”新しい風景”が産まれるとき。
そのときにはきっと、商店街の概念も”進化”し、
本当の意味で一体となった「まちの恊働体」が産まれるのだろうと思います。

「事業」と「街づくり」を”ひとつ”として語ってこそ、プロの商売人です。
街の事業者が自らきちんとリスクテイク(投資と関わり)して、
責任の所在をはっきりと示し、事業の利益が雇用と新しい経済を産み、
それが地域へと還元されていく”正の流れ”。
そんな流れを産みだすことが、商売人にとっての本質の「街づくり」です。

尊敬できる商店街の先輩方や、事業を起すチャンスをくださった恩人の方々、
共に街づくり事業やイベント活動で戦ってきた仲間達、
何よりも私を信じて共に歩んでくれるチームの面々...
全員が納得する答えを今年、必ず示します!!

たくさんの素晴らしい”出会い”に恵まれて歩んできました。
今年を、私のまちにおける事業の”集大成”の年にします。

親父からのいいつけ、私を縛った「10年間の修行」が終わります。
節目の夏がやってきます。

挑戦の春を駆け抜けて、存分に自らの想いを表現し、
自らが未来の風景を創りだす!!

10年前に父が語った言葉をかみしめています。
本物の気概を持った「街の商売人」になりたいと思います。

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Thanks!!

フェローへの手紙/返信メール

今年は宮崎にタリーズがオープンしてから
10年の節目の年です。

3月31日は、記念事業第1弾として橘通店で
青木カレンさんのコンサートが行われます。

Salon de Karen Aoki supported by Josei
「タリーズ宮崎橘通り店10周年記念 muchcolor Live 青木カレン」

この大事なチケットの引き渡しの件で
お客様との小さなトラブルがありました。

せっかく店頭で問い合わせを頂いたにも関わらず
不手際で連絡が無いまま4日間がたってしまっていました。

カレンさんのファンであるお客様にとっては不安な4日間。
そして、10年目の節目を迎える我々にとっては
あってはならない”心ない”対応に、私自身も心が苦しくなりました。

私にとっては、小さなミスでは済まされないことです。
なぜならばここでおこった社内での出来事は
私の見えない場所できっと日常の思想として蔓延していて
この綻びがこれまで10年間の努力の全てを無にしまうから。

蟻の穴がダムをも決壊させる例えのごとく
心の甘えがいつか奢りとなって会社を潰します。
我々はレストランビジネスに生きる者。
サービスの本質を見失ったら、地域での存在価値はありません。

この出来事は、10年目の節目の年に「サービスの本質」を考え直す
そんなきっかけを与えてくれました。

以下は、フェロー(従業員)からの反省のメールに対しての私の返信です。
反省の言葉は簡単ですが、本当の「気づき」は自分自身が自らを戒め
そして自分自身を変える心の強さが必要です。

10年後、20周年を迎える未来の自分自身への戒めとして
ブログに残しておこうと思います。

mail sent on 17 March
****************************************

メールありがとう。

私は仕事をするときに
「どうせやるなら、誰もできないような次元を目指そう」と考えます。

それは目の前の、日常の小さなことでも同じです。
どうせ自分が座るのならば自分の椅子はもちろん、
周りの椅子の”がたつき”までなおします。
どうせタリーズのトイレを使うのならば、
必ず便器を含め床も拭いてからでます。
どうせミーティングするならば、参加者に満足してもらいたいし、
周りの時間を無駄にしないためにも”結論”を出したい。
どうせ誰かと食事をするならば同席する方を満足させたいし、
どうせお酒を飲むのならば笑顔で楽しむために後ろ向きな話はしない。

そして「どうせ仕事をするのならば、誰にも真似できない次元で成功させたい!!」
そう強く心に決めてどんな困難でも越えていきます。

どんなときにも、ただの参加者/傍観者には決してなりません。
自らが主体性を持って、それに積極的に関わることで
私がいなければ存在しなかった”何か”を産みだそうと考えています。

「どうせ〜するのならば...」と考えて、
自分自身に「小さな負荷」をかけてそれを楽しむこと。
自分に負荷をかけられない者は、絶対に成長はないし、人生の成功も無い。

今回のことは、私自身にとっても本当に大事な”気づき”でした。
ここでおこっていることは、
きっと日常の”文化”として蔓延していることであり、
それは一フェローの責任ではありません。
そのような”文化”をつくっている私自身の責任です。

全員が”気づく”ことができたことはありがたいことです。
気づかせてくれたお客さまにも心から感謝したいと思います。

どうせチケットの手配をして、お客様に渡すのであれば、
感動で涙が出る程の演出ができるのかもしれません。
お客様はこんなことがあったからこそ、
少し気まずい雰囲気で受け取りにこられるかもしれません。

本当に申し訳ないことです...。
そんなときに「コンサート楽しみですね♬」と書いた
素敵なラテアートを渡されたらどうでしょう?
封筒に「10周年を祝っていただいてありがとうございます♬」
というメッセージを書いてはどうでしょう?
...なんでも良いのです。
フェローが自ら考えて行動した”心のアクション”が感動を産みだせるのならば、
きっとそれに勝ることはありません。

50名のタリーズファン/カレンさんのファンが集まる、
コンサート当日にも当てはまることです。
どうせコンサートをするのならば、この50名がそれぞれ10名に伝えてくれるような
暖かい感動のおもてなしを考えてみませんか?
50名が10名ずつに伝えてくれたら、500名にその日の「伝説」は伝わります。

やらなくても何も変わりません。
でも、考えて、考えて、「どうせやるなら・・・」と奮起して
自分自身が先頭に立って何かを変える。
自分がそこに存在しなければ”何も変わらなかった”ことを、自分自身の手で創る。

それが「仕事」です。

31日は、君が何も考えなくてもフミオや周りの皆さんが準備してくれて
きっと滞り無くコンサートは進んでいきます。
しかし、自らが、フェロー全員が「どうせやるのならば...」と奮起して
徹底的に素敵な「何か」を産みだしてくれたならば、この50名のお客にとって
忘れられない特別な感動の夜が産まれます。

みんな、「仕事」をしましょう!!

「何を産みだすか」はフェローに任せます。
フェロー個人が何もしなくても、コンサートは必ず成功します。
でも、「どうせやるならば...」と奮起して、”何か”をすれば
コンサートは別次元の11年目のタリーズを産みだします。

準備する「作業」のプロセスはお客様には関係ないこと。
それに何時間かかろうと、それは淡々と、
何事も無いように万全の用意をして当日を迎えませんか?
恋人へのサプライズには何十時間かけても苦痛ではないよね?
それは、愛するものの喜ぶ顔を想像して、
その感動が自分自身の喜びだと感じるからです。

一流のサービスマンとは、お客様の笑顔を自分の喜びとして
感動の瞬間をいつも産みだせる者です。

1泊何万円もするホテルでも、300円の一杯のコーヒーでも...
「本気でやれば感動を産みだせる」という一点では全く同じことです。

仕事が単なるルーティンになってしまったら、それは「作業」です。
質の高い「作業」ができるように学ぶことも大切だし、
それば職場での自分の成長にも繋がります。
でもね素敵な「仕事」は全てお客様のためです。
お客様のために尽くすことができれば、それは人生の成長をも与えてくれます。
君がいなければ存在しない感動の瞬間を創りだし、
毎日お客様に感じて頂けることが日常の「仕事」になれば
これまでの10年間で関わってきた全てのフェロー/関係者が報われます。

何よりもね...
君が創りだしたお客様の感動や元気は”通り”に伝播していって
必ず宮崎の街を元気にします。

何もしなくても明日は来ますが、
”何か”をすれば「別の明日になる」ということです。

「仕事」とは、新しい未来を創ることです。

我々は、これまでの10年間で関わった数十名のフェローたちから
タリーズという看板を引き継いで”今日”を預かっているのだよ。

決して恥ずかしい10年目の記念日を迎えてはならない。
そして、いつか来る20年目のフェローにバトンを渡せたら素敵なことです。

私自身は...
「どうせやるのならば、誰も真似できないような次元で」
君を含めたフェロー達、お客様、そして
自分の明日を創りだしていきたいと思っています。

10年前、オープンの日に作った目標を覚えていますか?

『宮崎でいちばんの居心地の場所を創ろう。
いつか地域にとって無くてはならない場所になろう。』

7月26日までには、まだ4ヶ月あります。
この4ヶ月で何ができるか...
私は朝に目が覚めた瞬間から
眠りにつく瞬間まで、”全力で”考え続けます。

初心に返るときです。
今日を新たなスタートラインにしよう!!

がんばりましょう!!

KOJI

それぞれの...3.11

あの日...
私は銀行で面談をしていました。
担当者から「何やら大きな地震があったようですよ」
そう聞かされても実感はなし。

高千穂通に出たら
宮崎日日新聞社前に人だかりができていて
テレビモニターを食い入るように眺めています。

人垣の肩越しにみたその光景に
思わず息をのみました...。

時間を追うごとに広がる被害。
見えてくる惨状。
現実感のない、膨大な死者の数。

連絡のつかない家族、友人、知人。
交通がマヒし、帰宅難民で溢れかえる東京の夜。
届かない被災地からの声。
ただただ涙と恐怖の、数日間...。

そして、原発。

秩序の変わった日。

それぞれの、3.11。

日本中が混乱し、世界中が固唾をのんで見守り
失望、絶望、悲しみ、慟哭、怒り...。

その向こう側にやがて見えてきた
日本人の”強さと絆”にかすかな希望を感じて
今日まで歩んできました。

この国に住む全ての者が、
海外で祖国を思う数多くの日本人達が
これほど我々のちっぽけな存在
〜存在の脆さ〜を実感した1年間は
ないのではないだろうか。

私達は生かされている存在。

運命の悪戯なのか
神の意志なのか
そんなものが存在するとすれば、
こんなに過酷で残酷な試練を課すのは
いったいなぜなのか?

今日は”節目”である。

1年間を経て
全員の意識の中の”何か”が変わった。

それを確認する日。
そして、確認したら前に進もう。

立ち止まっているような余裕もない程に
我々は辛い現実を見なくてはならない局面に
すでに追い込まれている。

あの日みた光景は
すでに現実の記憶である。

感じよう。

生かされていることの意味を。
戦うことのできる感謝を。
そして、互いに支え続ける使命感と覚悟を。

今日の”節目”に考えよう。

日本人は”節目”を重んじる国民である。
”節目”を越えて新しい希望に進んでいける
世界一強い精神を持っている。

3.11/14:46
時間が止まり、音が消える瞬間。
黙祷と祈りの中で”誓い”を固めようと思います。

全ての命に安らぎを...
合掌。



東京の夜に徒然...

毎月、東京に来るようになったのは
2009年の1月です。

ある理由があって、
はっきり覚えてます。

2008年9月にCORNERをオープンしましたが
当初は思惑とは大きく違っていて
突如出現した街角のバルは”違和感”の塊。

おまけにリーマンショックからの経済不況も重なって
「サイアクのタイミング」と誰もが哀れんでくれました(笑)

大きな投資を伴ってのオープンだったので
たちまち苦悩の毎日に変わり
不安を打ち消すためにいくつかの”願掛け”をしました。

一つめは、活動の「場所を変える」ということ。
まずは毎月上京することにしました。
それが2009年の1月なのです。
私は経営者なので、理由の無い経費の無駄使いはできません。
ましてや苦しい台所事情の中です。
「とにかく人と会って明日のヒントをつかむ!」 
東京に行って手当り次第に誰かと会って
新しい情報やチャンスの種を探そうと決めました。 
とにかく東京に行けば何か新しい物が見つかる!?
そういう田舎者思考ですね(^^;)

二つ目は、「習慣を変える」ということ。
流れが良く無かった時期なので、
とにかくこれまでの悪い習慣を何でもいいから断ち切ろう
そう決心しました。

2009年の正月からは禁煙をし、
それからは一本も吸ってません。
ジムに通うようになり、禁煙直後からダイエット!!
当時83キロ→半年で75キロに減らしました。
禁煙からのダイエットは振り返っても貴重な体験です。
世の中では「ダイエットすると太るぞ!」って言われていたのだから
それを覆してみようと思いました。

三つ目は、「45歳になった自分の目標を定める」ということ。
当時は40歳の誕生日の目前。
30代最後の数ヶ月で、5年後のイメージを固めました。
企業の成長、事業の発展、社員の生活
そして自分自身の生活スタイルや年収まで...。
とにかく色々と紙に書いて連日考えました。
もちろんライフワークである街づくりの最終形も!!

あれから、3年...。

CORNERも成長し、だんだんとイメージに近づいてきました。
来週からは待望のenomatic/エノマティックシステムも導入です♬
<ブログエントリー>
http://www.corner-cafe.asia/blog/muraoka/item_1856.html

中心市街地の活動を長年やってきて
やはり街文化の中心には
ニシタチがあることを感じるようになり
「ここを元気にしなければ..!!」
そういう想いがあります。

ニシタチは、「オトナが遊ぶ場所」です。
世界中にある歓楽街にもひけを取らない
オトナ文化の華咲く素敵な場所。

憧れてきたライフスタイルを
ここ(ニシタチ)にどうやって投影し、
どう自分なりに表現し、
そしてどうやって事業として成立させるか?

本当に真剣勝負の
ワクワクする毎日です。
こうやって仕事ができることには
生き甲斐とやりがいを感じます。

さて、3つの願掛けの効果はどうなのか(^^)?

45才になった時の自分の目標。
ん〜、そこには到底届いてませんが
まだまだ現在41歳(もうすぐ42だけど...)。
あと3年あれば...っていう手応えはつかめてきました(^^)

「街市」はますます発展し、地域の商業と結びついて
これから私のイメージする姿へと”進化”していきます。

東京での挑戦は...?

この時期になると2009年からの
様々な思い出が蘇ります。
昔憧れたキラビヤカな生活は
ここにはありませんし求めません。
むしろ、東京から地方(宮崎)をみて気づくことの方が
何十倍にも大切だということがわかりました。
3年間通ってきて、沢山の人脈もできましたが
田舎者の私をいつも暖かく育ててくれて
様々な希望を与えてくれます。

私がイメージする事業成長のためには
リーダーが「場所と時間の壁」を越えなくてはなりません。
毎月「場所を変えて」きたおかげで
私にとっては東京は特別ではない
”近い場所”になりました。
そして、「日本なんて小さい」と感じる
そんな大胆な感覚も持てるようになりました。
計らずもその「場所と時間を越える」訓練が
できたのだろうと思います。


何かを変えて、
何かをつかむ。

すぐにできることではないのだと思います。

でも、小さなことでも
ずっと一念を持って進んでいけば
”ふと”したきっかけで扉が開いたりします。

それは自分自身の心の扉であったり
未来への飛躍のチャンスだったりします。

決めること。
実行すること。

これからも...
シンプルなこの二つを
いつも大切にしていこうと思います。

そして、夢の実現のためには
いつでも躊躇無く何かを変えていく。
そんな勇気をもとうと思います。

東京の夜に徒然...。




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