通りを造る(創る)という実験

少なくとも私が記憶している限り
宮崎市街地には、「新しい通り」が誕生していない。

概念ではなくて物理的(リアル)な話です。

もちろん、駅前商店街はアーケード撤去を撤去し
“アミーロード”と名称を変えましたし、
それぞれの商店街は
様々な形で発展/変化を遂げてきました。

リノベーションは時代に合わせて繰り返されているものの
変化が“ゆるく”、マーケット=お客さまには
“ワクワクする興奮”が伝わっていない。

イノベーション的な意味合いを伴った
“全く新しいストリート(通り)”を
我々は産みだしていない。

通りを造る(創る)という実験。

それを100%民間の活力/資本でやってしまうという
本番一発勝負の壮大な試み(笑)を進めています。

破綻した旧寿屋のイメージをもって
マーケットはカリーノ宮崎を見ていない。
10年間をかけてリノベーションを繰り返し
新しい商業/オフィスの集積ビルとしての成功を収めました。

彼らが挑戦しようとしている新しい挑戦こそが
「裏カリーノプロジェクト」であり
新しいストリートを産みだそうという壮大な実験なのです。

私も、このプロジェクトに賛同し
自らも新しい概念/資本を投資することで参加を決めました。

11月11日には、いよいよ「裏カリーノプロジェクト第2弾」となる
ドイツレストランがオープンします!!

※下に公開するのはイメージです。 
詳細は後日プレスリリース致します。

 

「“新しいこと”を稚拙に始めれば、“これまでのもの”が崩れる」
という話はよく耳にします。

事業を進めるにあたっても
そんな「変化を好まない潜在意識」は作用します。

私自身も“ふっ”と怖くなるときがあり
それは経営者には避けて通れない「闇の瞬間」です。

実は、この恐怖の瞬間の中にこそ
成長の種が隠れています。

熱くたぎる心とは裏腹に、頭を冷静(クール)にして
自らを見つめ直し、瞬間の“判断”を下していく。

そんなときに支えとなる判断の礎...。
”勇気”をもって正しい解に導いてくれるのは
これまで培った経験であり、
そして、絶対の信頼を寄せる仲間の存在です。

 

地域活動/街づくりにも同じような
心理のメカニズム(?)が存在しているような気がします。

アーケードの中に、更にマーケットを創る
全く新しい発想の“街市”に対しては
「街づくりのつもりで、それは“街壊し”ではないか…」
そう言われたこともあります。

新しいものを産みだそうとするときに
“変化を好まない意思”が働くのは
至極自然なことだろうと理解しています。

そういう方々から見れば、“余計な変化”は
既存の商店街や店舗の活力を奪う
“仮想敵”として最適だからでしょう。

そんな不理解や誤解を伴った感情は
ときに仲間でさえも簡単に“敵”に変えてしまう。
悲しい結果を生むことがあります。

私は「全く逆」だと確信しています。

新しいムーブメントが生まれる場所(エリア)は
独自のエネルギーを発し始めて
それがやがて大きな“うねり”となって
街全体を包み込んでいくようなイメージを描いています。

商店街にも、“動きのスピード”と“意思のチカラ”が必要。
常に未来志向の“情熱”をマーケットに対して発信し
それが明確なカタチとして伝わらなければならない。

情報が見える時代となり、
これだけのスピードで時代が“変化”していく中では
動きの見えない場所は取り残されていく…。

動き(変化)のない場所の中にいると
自分だけ時間(とき)が止まった感覚になります。
ただ永遠の繁栄を妄信し、止まった時間に生きる者は
猛烈な外の変化を許容しない。

『主体の変化(捉え方)で一瞬は永遠になり
永遠は一瞬となる。』

商店街相対性理論と名付けようかな(^^;)?

「昔ながらの商店街を取り戻したい」
そういう話も耳にします。

時代のプレイヤーは確実に移り変わっていて
その“変化”に対応/順応できない者は
残念ながら“進化”に取り残されていきます。

“過ぎ去ったときを取り戻す”ことは不可能です。

しかし新しい概念で産まれた新しい変化を許容すれば
“昔のような賑わい”を取り戻すことは出来ます。

我々が生きる現代のマーケットは、
仮想空間まで広がる厳しい競争世界にさらされている。
残念ながら…中心市街地だけが例外ではあり得ない。
競争を避けて、「ここだけは“保護”してくれ」と叫んでも
誰も助けてくれない。

生き残る為には、
“進化”することが絶対条件なのです。

 

昨日「神武さん」が行われました。

「神武さんは衰退した…。」

そう嘆く“動かない者”たちの陰で
戦う者達が様々な努力を怠り無く続け
とうとう賑わいは復活しました!!






色んな意見はあろうとも
私はこの瞬間の賑わいを
皆の力の結集で創りだせたことに
心からの誇りを感じています。

関係者各位の努力と情念に対して
心からの尊敬と敬意を感じています。

一瞬の賑わいであろうとも
そこに存在するお客様(来街者)が「何を感じたか」
それが全ての答えであると信じる。

一瞬の繋がり(=連続)が起点となって、
永遠の広がりを産みだすのです。

批判、批評を繰り返すだけの“偉い人たち”から
いつの時代も「戦うもの達」は嘲笑される。

できるものならやってみろ!!

そんな冷たい視線を乗り越えて
決して拗ねること無く、
絶対にあきらめること無く
いつも素直な笑顔で突き進んでいく。

そんな素敵な仲間(プレイヤー)達が
宮崎の街を支えています。

歴史が繰り返し
やがてまた、新しい概念が産まれたとき
この宮崎中心市街地は必ず生まれ変わります。

次の世代に繋ぐこと。

今の市街地(まち)は疲弊している。
体力を無くしたランナーは
出来るだけ早いタイミングで
次のランナーにバトンを渡さなくてはならない。

街を愛し、ここに生きる者は
自分が“つなぎ目のランナー”たることを自覚して
渡されたバトンに心からの敬意を払いながら
そのバトンを決して離さぬようにギュッと握りながら
その瞬間を全力で走り抜けよう。
余力を残さずに、心(情念)を残さずに
全幅の信頼を持って
次にきっちりとバトンを渡す…。

脚光を浴びる本番のフィールドは“一瞬”ですが
一瞬の積み重ねを信じれば
必ず報われるときもやってきます。


人が集い、語り合い、共感しあうことのできる場所…。
そんな“場”を創ることが私の使命であることに
そしてそれを仕事にして地域に還元できることに
心からの喜びを感じています。

自らの新しい挑戦は、情熱の全てをかけた
オール宮崎の情熱で創られていきます。

今の一瞬が、単に昨日からの連続ではなく
明日から続く道の途中であること。

街(まち)からは感じることが多すぎて
毎日が学びの日々…。

只ただ、感謝の日々です。

仲間とともに
心強く、前へ!!

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Thanks!!

世界で最古の歴史を持つビールを届けます!!アジア初登場!!

今年は日独交流50周年の年。

そんな記念すべき時代の節目に、
素晴らしい出会いがありました。

今年8月、ドイツミュンヘンに
新しい出会いを探す旅に...。

そして、様々な出会いと繋がりの中で
宮崎に素晴らしいプロダクトの数々を紹介できることとなりました。

そのなかの一つが...850年(!)の歴史を持つ
"世界最古"のビールのひとつであるパウズインガー醸造所

そのビールをヨーロッパ以外“世界で初めて”、
もちろん...
“アジアで初めて”
宮崎に紹介させて頂くことになりました!!

http://www.schlossbrauerei-herrngiersdorf.de/

実は、このビール会社の歴史には、
日本人と密接に結びつくストーリーが存在します…。

それは我々の先人達が育んだ、
国境を越えた交流の物語。

以下、あるブログから転載します。


**************************************************

明治時代から続いた日独交流

 

小塩節さんというドイツ文学者、中央大学名誉教授が、
ドイツ留学生の頃のに体験した実話です。

 

今から何十年も前のことです。
小塩さんは、ドイツのミュンヘン郊外のパウズインガー一家の館に
二ヵ月下宿をさせてもらいました。
本人は、ただの下宿人として泊めてもらうつもりでしたが、
しだいに家族の一員となってしまいました。

パウズインガー家の人びとは、ただの下宿人でしかない小塩さんを
まるで一家の賓客でもあるかのように、もてなしてくれました。
遠くまでドライヴに連れて行ってくれたり、一家をあげて親切にしてくれました。
小塩さんは次第にその好意に甘えるようになってしまいました。
小塩さんは、この親切に対して

「一般的に言ってドイツ人は日本人に対して親切なのだ」

と気楽に考えていました。

「ひょっとしたら私のドイツ語が人並み以上だったから仲良くなれたのかも」

と思う気持もありました。

しかし、そうではなかったのです。

その理由は、小塩さんが
パウズインガー一家と分かれる時に分かります。

 

グラーフラート村滞在の最後の日、
パウズインガー一家とお別れの日、
ヨハンナおばあさんはいつものようにヴェランダに
午後のコーヒーの用意をして、小塩さんを呼んでくれました。

そして彼女は語りだしました。

ヨハンナおばあさんのお父さんは、
マイヤーというミュンヒェン大学の林学教授でした。
明治の末に東京大学に招かれ、
農学部の中に林学を確立するため数年を過ごした、というのです。

(Mayer, Heinrich 1856−1911 職期間:1888−1891)

帰国後まだ五十歳代で亡くなりましたが、
数人の子どもを抱えて未亡人は、
第一次大戦後の天文学的インフレーションの時期に、
たいへん苦労をしました。
卵をひとつ買うのに、カバン一杯の紙幣を詰めていかなければならぬのです。

そのとき、かつての東京大学での教え子たちが
日本でお金を集め、
ドイツに送ってくれました。

そのお金で未亡人は苛烈な時代を乗り切ることができました。

「あなたは」

とヨハンナおばあさんは、
いまも美しい大きな蒼い眼を
うるませながら続けました。

「半世紀たったいま、私が行ったことのない遠い東の国から、
心よりの挨拶を持ってきてくれました。
どうしてこの人を、もてなさずにおれようか、と思いました」

そう言って、60歳とは思えぬ力で小塩さんを強く強く抱きしめました。
そして、彼女は会ったことのない、しかし母親からよく聞かされた
日本の農学者、林学者たちの名を正確にあげました。

「白沢、加藤、小出…」

というお弟子さんたちの名を。
いまはもう亡き人たちであろう名です。

翌朝ヨハンナおばあさんは家中を指揮して、
小塩さんに早い朝食を用意してくれました。
それから駅まで小塩さんを送って、目を真っ赤にして別れを告げるとき、

「朝は五時に起きて、森のむこうの川べりの教会の早朝ミサに行き、
おまえの旅路、安らかなれと祈ってきた」


と言いました。


「この親愛の情は、小塩さん自身に寄せられたものというよりも、
明治・大正の先人たちの蒔いてくれた種子のせいなのです」


と、小塩さんは、しみじみ思いました。


ところで、この話には後日談があります。
小塩さんは、この話を東京の朝日新聞に書き送りました。


航空便で送った数枚の文章が新聞にのってしばらくして、
国際基督教大学の小出詞子教授が
「あの小出というのは、私の亡父です」
というお便りをくださいました。


小塩さんが、ヨハンナおばあさんにさっそくそのことを伝えたのは、
言うまでもありません。

この話は、決して珍しい話ではありません。
当時の日独には、わんさかあるのです。
それについては、機会があったらふれることにしますが、

問題は、こういう草の根交流が、

現代にあるのか?

ということですね。

明治人にできて、平成人にできるか?
ということですね。

http://d-si.seesaa.net/article/122547995.html
ブログ転載

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このブログの中に出てくるパウズインガー一家こそ、
このビール醸造所を代々守り続けている方々なんです。

100年以上前に日本の林業発展に尽くしたドイツの技師。
その末裔である一族が 850年間守り続ける歴史あるビール。

明治、大正時代から続く草の根の民間交流…。

そして、時間と空間を越えて...
私たちが彼らパウズインガー夫妻を宮崎に招き、
そのビールを我が故郷である宮崎に
日本で唯一ご紹介させて頂く栄誉を頂きました。

みやざきてげうま国際夜市
http://www.tegeuma.jp/

私たちはこのストーリーをドイツ領事館に伝えたところ
日独交流150周年の記念事業にも選んでいただきました。

日独交流150周年


限定5,000本、ドイツより直輸入します。

慣れないはじめての輸入業務は大変でしたが
沢山の方々の手助けを頂いて日本に到着しました!

「私たちの祖先が繋ぎ育んだ友情に対して直接日本の皆さんにお礼が言いたい」
「この愛情込めたビールを直接宮崎の皆さんに手渡したい」

そんな嬉しい言葉を頂いて、
創業一族を宮崎にご招待することとしました。

11月4日〜5日はパウズインガー夫妻が来宮し、
直接「てげうま夜市」ドイツブースを訪問します!!

明治時代のドイツ人/日本人の交流
そして今、私たちがそのバトンを受け取り
再びふるさと宮崎の地で友情を繋ぎます!!

時空を超えた人と人の繋がり...
そんな繋がりに私たちも加われることに
大河のごとき”運命の流れ”の中に選んで頂けたことに
最高の喜びを感じています。

ぜひとも、「てげうま夜市」にお越し下さい。

そして、150年の歴史が創りだした
パウズインガー氏の愛情あふれるビールを
ともに味わいましょう!!


Stay Hungry. Stay Foolish!!

Stieve Jobsの
スタンフォード大学でのスピーチを聞き直した。

Speech at STANFORD University 

大好きな一節...

you can't connect the dots looking forward;
you can only connect them looking backwards.
So you have to trust that the dots will somehow connect in your future.
You have to trust in something ―your gut, destiny, life, karma, whatever.
This approach has never let me down,
and it has made all the difference in my life.

〜先を見通して点をつなぐことはできない。
振り返ってつなぐことしかできない。
だから将来何らかの形で点がつながると信じなければならない。
何かを信じなければならない。
直感、運命、人生、カルマ、その他何でも。
この手法が私を裏切ったことは一度もなく、
私の人生に大きな違いをもたらした〜

世界中が彼の死を悼む。
世界中の人々が彼の産みだした世界に敬意を払い
そして、世界が泣いた。

心の中で彼が問いかける。

君が産みだそうとしている未来は何だろう。
自分自身を信じることが出来ているか。
君が創ろうとしている世界は
自分自身にとって真に価値のあるものか?
自分を偽っていないか?
...

彼は、”真実の言葉”を残してくれた。

'You've got to find what you love,'

自分の愛することを探し続けろ!
妥協は禁物だと。

自分自身を偽らず、その存在をかけても実現したい未来は何か?
それを見つけろ!
見つけることができたならば
疑うこと無く突き進め!!

ハングリーであり続けろ。
愚かであり続けろ。

Stay Hungry.
Stay Foolish.

私には世界を変えることは出来なくても
小さな”新しい世界”を創ることは出来る。

自分自身が存在することで
創りだすことが出来る
小さな未来。

新しい概念を創りだし
愛するこの場所を笑顔で満たそう。
愛する人々を幸せにしよう。

私自身に与えられた”使命”を果たそうと思う。

Stay Hungry.
Stay Foolish!!

Foolishであることは褒め言葉なんだね。

世界を変えた伝説の人物。

同時代を生きたことを誇りに思う。

ありがとう
Stieve Jobs...。




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