40代(しじゅう)

40歳の誕生日を迎えた
クルム伊達公子

東レ・パンパシフィック・オープン/シングルス2回戦で
世界ランク67位のクルム伊達公子が
同29位のダニエラ・ハンチュコバ(27)
を見事にやぶり、バースデーマッチを勝利した。

カッコイイ!!

体力に任せてガンガン攻める試合運びから
経験を生かした老練な試合運び。
何よりも、試合に対してのこだわりが深くなり
若い時よりも眼光を増したように見える。

同級生(同じ年)の活躍に
本当に心から拍手を送りたい。

彼女の強靭な精神力と
何よりも自分自身の変化と向き合い
人生を楽しむ姿に心を打たれる。

すばらしい!

私自身も3月に誕生日を迎え
ずっと憧れていた40代になってから
早くも半年が過ぎた。

40代の世界に突入(笑)してから見えてきた
様々なことがある。

不思議に20代や30代では見えなかった
はっきりとした心の変化…。
最も変わったことは
「自分自身を信じ、他人の評価や否定的な言葉に惑わされなくなった」
ことかもしれない。

自信がついた…のとは、
ちょっと違う。
たぶん、自身の心を
以前よりも少しだけ
コントロールできるようになったのだろう。

自分の世界を創っているのは
まぎれもない自分自身。
自分が思い描いている以上の世界は実現しない。
だから、弱い「今の自分」を超えて
自らを鼓舞しながら
いつも「自分自身の世界」の先頭に立ち
未来を切り開いていかなくてはならない。

「現在や過去」にはこだわらず
しっかりとビジョンを描いて
一歩ずつ着実に進んでいけるようになった。
「未来に生きる」ことができるようになってきた。

「成長する」とはきっとそういうことだろうと思う。

ところで、40代ってどんな年代なんだろう?
20代のときに描いていた40代は
すでに”終わったおっさん”だけど
自分がここに来てみれば
知力、気力はともに昔よりも上回っている。
体力は…
う〜ん、自分の努力でカバーしていくしかない。
最近思い立って、10年前の体重に戻してみた。
2か月ほどで、77キロ→74キロの3キロダイエット。
思っていたよりも体調の変化はないが
洋服が着れることがうれしい。
そう言えば、アパレルしてた頃は、お客さんに
「体を洋服に合わせろ!」なんて言ってたなあ(笑)。

タバコは昨年の正月に100%やめた。
酒もほとんど飲まない。
大好物のコーヒーは日に5〜6杯だけど
これは仕事(?)だから仕方がない。
睡眠時間は4時間くらい…。
以前は8時間くらい寝ないと動けなかったけど
朝早く目が覚めるようになったのは
体内システムの変化だな。
ジムは週に1回。
マッサージ(or整体)は2週間に1回で、
これがとても楽しみ。
サウナも時々行く。

40代は、成功への扉を開く
大切な10年間。
成功とはもちろん、
「自分自身の思い描く世界を実現する」こと。
だから、日々学び、努力し、関わり、
そして前へ進んでいく精神力を身につけなくてはならない。

同年代は、すでに世界でメインプレイヤーになっている。
カオスの中で40代のリーダーたちが
10年かけて変革を進めていく。
経営の現場でも、政治の世界でもそんな感覚が
グローバルなスタンダードになりつつある。
世界をリードする大国のリーダーも40代が多い。
バラク・オバマ(アメリカ)…49歳
ドミトリ・メドベージェフ(ロシア)…45歳
ギャビン・ニューサム(SFO市長)…42歳
デーヴィッド・キャメロン(英国首相)…43歳

日本も、思い切って世代交代を進めなければ
どんどん世界から離れていく。
世界と感性がかみ合わない
「過去の国」になってしまう。
地方都市の衰退や停滞も
実は、世代交代できない(それを拒む)
構造的な問題が大きいのだろうと思う。


以前と違うのは、
「時間がもったいない」と思うようになったこと。
不快な場所で浪費する無駄な時間を使いたくない。
以前は「修行だ…」と思って我慢していた場所とは
関わりたくないと思うこと。
そんな意味では、すこし”生意気”になったかな?
いや、「大人になった」と言おう。

そんな無駄な時間があれば
自分の仲間のために使いたい。
いつも信じて関わってくれる大切な人達。
そんな仲間たちを
キラキラした未来に
一緒に連れていく責任がある。
一人ではできないことも
仲間となら乗り越えていける。

あ…

20代の自分は「一人で何でもできる」と
思いこんでいたなあ。

もちろん、世界を創る・切り拓くのは
ほかでもない自分だけども、
そこには関わる人々も同時に
幸せにする責任があることを学んだことも
40代の変化(進化?)だな。

日々学びと感謝の心を持ちながら
自身の信じる道を進むのみ。

40代はなんだか
素敵な世界に思えてきたなあ…。

今日はジムに行こうかな。


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1989年の秋…
僕らのアパートから50マイルほどの
いつものハイキングポイントである
The National Monument に出かけた。

僕らの車のトランクには
Fernandoとガールフレンドが準備した
サンドイッチやスナック、
そしてたくさんのビール。

19歳の僕らは
それぞれの国からやってきて、
この小さな町の、
小さなソサイエティの中で
ようやく自分の仲間を見つけ
愉しみを共有できる
自分の居場所を見つけ始めた。

夜の7時…
The National Monumentの
正門は閉じられても
僕らは”抜け道”を知っている。

小さな旅は
始まったばかり。

若い僕らの間には
言語の壁や
文化の壁は存在しない。
たどたどしい英語でも
19歳と20歳の僕らは
夜通し熱く語り合う。

Fernandoはブエノスアイレス出身。
父親は有名なF1ドライバーで
引退してからは牧場経営で成功した。
彼は不自由無い家庭に育ちながらも
当時のアルゼンチンの体制に失望し
ひとりアメリカを目指した。
なぜこんな小さな町に来たのかはわからない。
「きっと縁だろう…」
彼の口癖。
父の後を継ぐこともなく
新しい道を自分で切り拓く。
野心家で一番ギラギラしていた。
アメリカで過ごした2年間、
僕らはいつも行動を共にし
やがて何でも話し合い、喧嘩し、
笑い、泣き…兄弟のような存在になった。

Matikuは、タンザニア生まれ。
両親の領事館の仕事で
ヨーロッパの国々やロシアなど
様々な場所を渡り住んで
なぜかこんな小さな田舎の学校に一人やってきた。
「一人でアメリカに渡ること」
「誰も知らないような場所に行くこと」
それが彼の両親への
ささやかな反抗だった。
アフリカンである彼の中には
別の反骨心も宿っていた。
肌の色が違う彼は
決してプールには入ろうとしない。
そんな時代でもあった。

僕は宮崎を飛び出し
新しい世界が見たかった。
人と違う人生を歩んでみたかった。
一度世界を頭に描いたら
ワクワクが止められなくなって
世界地図でアメリカを眺めた。
山登りが好きだったので
ロッキー山脈が縦に横切る
コロラドを迷わず選んだ。
大学に書いた、たどたどしい手紙。
返事のパンフレットから
いちばん「山の風景が美しい場所」を選んだ。
Grand Junction というその町は
僕が思い描いていたアメリカの
ワイルドで、どこかやさしい原風景
そのものだった。

Fernando と僕とMatukuは
3人でいつも時を過ごした。

活動的で情熱的、
そしていつも成功への夢を語る
Fernandoと僕に対して
Matikuは物静かにうなずく。

マイノリティの僕らには
怖いものはなかった。
およそ考えつく
あらゆる”商売”を試して
少しずつ小銭をため
少しずつお金を出し合い
右後ろのドアの開かない
クリーム色の中古の車を買い
そして、旅に出た。

僕らはいつも旅をした。

ジョンクーガーメリンキャンプ、ピンクフロイド
ボブマーレー、ブルースプリングスティーン
スティング、U2、ティナターナー
エルトンジョン、ビリージョエル
・・・。

ユタのパウエル湖、ブエノスアイレス、
ニューメキシコ、ラスベガス、
サンフランシスコ…。

数え切れないほどの思い出を
無理やり詰め込むように
小銭を集めては“旅”に出た…。
じっとしていたら
何かを失うような気がした。
それほどに
エネルギーと情熱にあふれていた。

今夜のThe National Monumentも
そんな旅の一つ…。
わずか30分のドライブでも
30時間のドライブでも
僕らにとっては変わらない
ワクワクする冒険。

やがて夜が更けて
時間と空間の感覚が溶けていくころ
Matikuがつぶやいた。

"Wow...Look at the sky!"

それは、見たこともないような
大きな満月。

標高1000メートル以上の
澄んだ空気。

周りには何もない
漆黒の山の中。

満月が山際から上がってくる…

大きく眩しい”月の出”。

眩しくて直視できないほどの輝き。

白く輝いている大きな月が
ゆっくりと姿を現し
のぼっていく。

こんな風景は
初めて見た。

時間が止まって
月だけがゆっくりと動いていく。

宇宙を、地球を、感じて
僕らは息をのんで見つめた…。

どのくらいの時間がたったのだろう?

僕らはそろって涙を流していた。

故郷を思うのか?
やがてやってくる
僕らの旅の終わりを予感したのか?
あまりの美しさに
ただ感動したのか?

理由は分からないけど
大きな眩しい月を見ながら
一緒に涙を流した…。

「10年後、20年後も
それぞれの場所で月を見つめて
僕らのこの瞬間を思いだそう」





あれから20年が経った。

Fernandoは
大好きなThe National Monumentの側に
一軒家を買って
あの夜のガールフレンドとともに
家族となって暮らしている。
一番活動的で野心家の彼が
一番落ち着いた暮らしをしていて
”あの時の場所”にとどまっていることは
僕にとって不思議なこと。
「いつでもお前たちが帰ってきてもいいように
この場所を守っているんだよ」
と笑うが、本心はどうなんだろう…。
自然と一体となった風景こそが
彼の望んだ人生なんだろう。
あのワイルドな場所が
本当に気に入ったんだろう。
野性児らしい、彼らしい人生の選択。
僕にとっては
いつでも「帰る場所」があることは
とてもありがたい気がする。

Matikuは、イギリスにいて
「俺はビジネスで成功した」というけれど…。
あのおとなしく、物静かな彼は
今はいったいどんな生活をしているのだろう?
彼とは20年間、一度も会っていない。
時々Facebookで繋がり
たわいもない会話をする。
僕らが話すことは
いつも20年前のあの夜のこと…。
あの夜の涙を決して忘れない。
あの夜が僕らそれぞれの
心の中に生きていて
僕らはあの夜の中に生きていて
そして20年の月日を一瞬で超越させる。

僕らの旅は今も続いていて
それぞれの心の中で
チームは行動を共にしている。

20年後の、秋の夜…

宮崎にいる、僕。
いつもの立体駐車場から夜空を見上げたら
ぽっかりと満月が浮かんでいた。

目を閉じて瞬きをしたら
一瞬で20年間が過ぎ去っていた。

きっともう一度目を閉じて
瞬きをしたら
20年後の満月を眺めているのだろう。

20年後も僕らは旅を続けている…。

「もう一度あの場所に帰って
3人であの月を眺めよう。」

駐車場の月を眺めながら
彼らにメールを送る…。

一瞬で返事が帰ってきて
僕らは再び繋がる。

"Off course, we will be together again!"

僕は旅を続ける。

野心的でロマンティックな
Fernandoの夢も一緒に抱える。
物静かな中に情熱を燃やすMatikuの
反骨心も、ともに抱える。

20年たった今でも
僕らはチームである。

いつも満月を見上げると
そんな夜を思いだす…。

僕らは、空で繋がっている。

世界中どこにいても
僕らの旅は続いていて
空で繋がっている。

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伝説のカフェを訪ねて…ソウルへ!

江南地区、街路樹通り(カロスキル)にある
美しい佇まいのカフェ。

Bloom and Goute



この数年間で、
ソウルはカフェ文化が急速に発展し
街の至る所に素敵なオープンカフェがある。

この街路樹通り(カロスキル)は
ソウルでも特にオシャレなカフェや
個性的なブティック、そして
ハイセンスなレストランが多く集まる場所。

そのカロスキルの
発展のきっかけになった1軒のカフェ…。

そんな場所があると聞いて
はるばる韓国へ!

“伝説のカフェ”
Bloom and Goute を訪ねました。

ヨーロッパから帰国した若いオーナーが
Bloom(花屋さん)とGoute(カフェ)を融合させた
新しいショップをオープンしたちまち大人気に。

やがてこのカロスキルの名所として有名になり
周辺に様々なカフェやブティックが
オープンするきっかけとなった…とのこと。

店内は素朴ながら温かみのある雰囲気で
花の佳い香りがどことなく漂ってきます。
2F建ての店内は、思いおもいに時間を過ごす
たくさんの地元のお客さんで
いつも賑わっている。





土地の人々に愛されるカフェができたことをきっかけとなって
様々な若い起業家たちがその周辺に店をオープン。

「ソウルで一番の居心地の良い場所」
そんなカフェを創りだした若きオーナーは、
今やソウルで一番の
オシャレな地域を創りだしたのです。

1軒のカフェが街を変える…。

我々CORNERが求める世界観とも通じるものがあり
滞在中2回もカロスキルに行っちゃいました。

この地域には本当にセンスの良いカフェや
レストランがたくさん。

世界チェーンのカフェが全く目立たないほどに、
地元のクリエイター達がその存在感を輝かせています。
明らかに「前へ進み続けている」そんな印象の
素晴らしいレストラン/カフェ文化が
ここにはありました。

新しいものを創りだすパワーに溢れた
美しいカロスキル。

素晴らしい!

















私のイメージをがらりとくつがえす(もちろん…佳い意味で!)
革新を繰り返し発展するパワフルな都市
ソウルにしばらく目が離せなくなりそうです!

以下、フォトアルバム〜♪














今日も、気づきに感謝!

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今夜は街へ出よう!外で食べよう!

いつも海外出張に出て思うことは
飲食店サービスにおける付加価値は
単純に値段や通貨単位だけで
比較できないということである。

そこには文化があり
土地それぞれの愉しみ方が存在する。
飲食店に溢れる人々を見ては
エネルギーあふれる光景にワクワクする。
大衆店からハイエンドなサービスを提供するレストランまで…
アジア国々(人々)は
本当に外食を楽しむ文化を持っていると感じる。

「アジアは全て安い」などという
一時代前のステレオタイプなイメージを
レストランサービスについて抱いていれば
それは(もちろん)みごとに裏切られる。

それなりのサービスを、それなりの雰囲気の
それなりのロケーションで堪能しようと思えば
それはコストとして私達のビル(請求金額)に
含まれて当然である。

しかし、残念ながら、
宮崎(をはじめとした地方都市)は
そのサービスのコストを
値段に反映させることができない。

理由はいたって明確である。

我々の住む宮崎は、
日本における所得ランキングにおいて
ほぼ最下位の都市である。
アジアの主要都市比較においても
驚くほど下位に位置される。

加えて、中央からの大資本を持ったチェーン店が
長年にわたり大胆な価格破壊をしかけてきて
今では「3,000円飲み放題食べ放題」などという
とんでもない付加価値が定着してしまっている。
あえて断言するが、
まともなサービス、料理を味わおうと思えば
これでは”不可能”な水準の値段である。

そんな競争厳しい地方都市で勝負し、
しぶとく生き残っている飲食店のレベルは
実は非常に高いのである。
宮崎ほど”安い値段で外食を楽しめる”土地は
なかなか無いだろうと思う。

食の文化は土地それぞれだが
わが故郷宮崎の人々は
もっと外食を楽しんでもいいと思う。
ハイクオリティで、なお且つ安い…。
そんな素晴らしい付加価値を
飲食店もまだまだ表現しきっていないように感じる。
お客様に、その付加価値を伝えきっていない。

ぜひ、もっと飲食店に出かけてほしい。

出かける場所は、全国チェーンの
「どこでも同じ味・値段のレストラン」ではなく
地元宮崎の付加価値で勝負する
地元宮崎の料理人がいる
宮崎の味を提供するレストランである。

フレンチ、和食、寿司、イタリアン、中華…
様々に素晴らしいサービスを提供する
素敵なレストランがたくさんある。

外食することは
決して贅沢なことではない。

海外の様々な都市に行けば
様々に外食を楽しむ文化がある。

仲間や家族、友人や恋人と
週末ごとに外食に出かける。
家庭の味はもちろん素晴らしいが
それと同じくらい「地元の味」を楽しむという
外食の文化は素晴らしい。
賑わいはエネルギーを生み、
語らいは繋がりと絆を育む。
そんな人と人が交わる場所が
飲食店なのである。

宮崎はおそらく日本一安く
しかしハイクオリティな外食を楽しめる土地である。

私達レストランビジネスに従事するものは
「宮崎の外食文化そのもの」をもっと育てる意識を
持たなくてはならない。

自分だけが良ければいい
…そんなわけはない。

もっとお客様に楽しんで頂ける店づくり。
飲食店づくりを真剣に考え抜き
そしてエネルギー溢れる風景を創り上げる。
愛する宮崎に、もっと新しい
ワクワクするような外食文化を創造すること。
それは街づくりにも通じる理念である。

今夜は、エネルギー溢れる
韓国ソウルの繁華街に立ちながら
そんなことを考えている。

食を楽しむことは
ホントに素敵なことである。

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いちばん居心地の良い場所

CORNERにプライベートフロア(個室)を作るにあたり
ツイッターやメールでアンケートをしてみた。
答えてくれたみなさん、ありがとう!
引き続き、このブログでもご意見募集しますよ〜!

「どんなサービスを望みますか?」

答えは実に様々…

ゆったり座れるソファにしてほしい
プロジェクター付きの会議ができる部屋にして
専属のかかりつきフードサービスを
使う方に合わせたサウンドシステム/専属DJ
プライベートBarでバーテンダーをして楽しみたい
誰の目も気にせずに仲間だけで寛げる配慮を
…etc

特に気になったご要望は
「用途に合わせて、専属のコーディネーターをつけてほしい」
というご意見。

確かに、私自身が宴会やパーティなどで
他の会場を利用するときに困ることは
場所や料理は準備してくれるが
その他のお世話をしてくれるところが少ないこと。
ちゃんと相談できる方がいない場合がほとんどである。

たとえば…
参加者のネームプレートを準備してほしい
受付を手伝ってほしい
ドア入口にかわいい専用案内看板を準備して
誕生日なので部屋を花で埋め尽くして
ケーキを出すタイミングはどうすればいい
パーティらしく、部屋中バルーンを飾って
アレルギーがある参加者には特別メニューを
キャンドルの光で部屋中をロマンティックに飾って
プロポーズの演出を手伝ってほしい
彼女(彼氏)の誕生日にサプライズがしたい
個室でゆっくりDVD見ながらお酒が飲みたい
さっきの会議資料を見ながら反省会がしたい

こんな要望をすべて受け止めてくれるレストランって
宮崎にあるんだろうか?
「できません」ってゼッタイに言わない店はあるのかな?

たしかに、気軽に相談できる専属のコーディネータがいれば
何でもワガママを受け止めてくれるようなスタッフがいたら
すごく楽しい場所が創れるだろうな〜。

プライベートフロア(個室)のデザイン作業を進めている。
今はまだ、
私の頭の中でのプランニングの段階。

レストランにおける「デザイン」とは
本当に幅が広い。
居心地の良い内装はもちろんのこと、
調度品の選別
食器やグラスの選択、
サービスのコーディネート
料理の種類/メニュー構成
メニュー表、看板、サイン、ポスター、…

全てが「デザイン」の領域であるし
それは本当に多岐にわたる。
ART・芸術に属する「デザイン」と違うところは
全てに意志が反映されること。
つまり
誰のために、何の目的を持ってデザインするかが
すべて明確であるということ。
誰に見てもらいたいのか?
誰に使ってほしいのか?
それが
自己表現であるARTと決定的に違う部分である。
こころをはき違えると
店づくりはうまくいかない。
ここがはっきりしていないと
居心地の良い空間は創れない。
「分かってくれる人だけが来ればいい…」という
利己主義の店は絶対にうまくいかない。

飲食店における「デザイン」とは
すなわち
顧客が満足するための
お客様第一主義を貫くということである。
「お客様のために存在する」ということを
はっきりと自覚し、
「顧客に尽くすことを喜びとする」
文化を築きあげるということでもある。
その思想は店舗づくりにおける
「デザイン」のディテールに反映されていいく。

お客様一人ひとりに
パーソナルな感動を生みだす場所を創りたい。
そこにCORNERらしいスタイリッシュで
ハードウォーミングなサービスの表現を盛り込む。

オープンから2年間たって、
やっと本質の店づくりを考えることができる。
そういうレベルにあることは
これまで頑張ってくれたスタッフのお陰である。
感謝とともに、
チームに対する期待が膨らむ。

ここからがスタートライン!

宮崎を代表するカフェ/バールを創る
「宮崎でいちばんの居心地の良い場所」
それをを創造するための
勝負が始まる。

頑張ろう!

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